転勤先の福岡でマンションを購入


 私は、次の転勤先である福岡でもマンションを購入しました。当時はまだパブルが始まる前で、福岡の中心街である天神地区のオフィス街にある駅徒歩数分のマンションが2500万円くらいで買えましたので、賃貸にしてローンの返済にあてました。当時ワンルームが350万円くらいですから、このときに購入していれば、いくら買っても儲かったのです。ですから、買う時期、タイミングがいちばん大切なのです。
 その後に起きたパブルでこの物件は1億円近くまで高騰しましたが、1999年に会社を退職したときに売却した価格は、購入価格の2500万円を下回っていました。結局は売却時期を誤った元本割れではないかと思われるでしょう。しかし、この「売却損」が出たために、退職金の所得税の控除ができ、税金分を取り戻すことができたのです。

室内

 しかもローンを払っているのは自分ではなく、マンションを借りている人、つまり「店子」なのです。自分で自分のローンを支払うのであっても、残っているローンよりも高く売れたのですから、実際には儲かっているのです。
 このことで税制と資産は大きく関連していて、所有者にはその特典があることを、身をもって知りました。「売っても買っても利益を出す」。これが不動産投資の鉄則です。
 「損が益を呼ぶ」という体験を経ることで、私は不動産売買に関する税制知識も身につけることができました。

<バブル時代の東京で>

 その後、1989年に東京勤務となりました。当時はバブルの絶頂期。どこもかしこもイケイケどんどんの空気の中、巷には投資の話があふれていました。もちろん私も強い関心をもってこうした話に接していました。
 不動産のことで言えば、1戸8000~9000万円のマンション売買などが主流でしたが、「賃貸で出しても月20~30万円くらいの家賃にしかならないな」と肌で感じましたので、東京では不動産にいっさい手を出しませんでした。今で言う「収益還元法」の発想でした。そして、その後訪れたバブル崩壊は不動産損資に多くの教訓を残しました。
 ではそのころ私は何をしていたかというと、パブル崩壊後の1995年、札幌・美園にアパートを5000万円で購入していました。
 そしてその後、美園に地下鉄ができるという2004年に土地1000万円、建物2000万円の計3000万円で売却しました。
 一見、大損したかのように見えますが、これが実は損ではないのです。ここに数字のマジックがあります。

東京

 このときローン元金残高は2700万円になっていましたので、売値との差額300万円がまず残ります。さらに、毎月のローン返済時にお家賃さんとともに4~5万円の手残りがあり、これが10年で500万円。さらに建物の売値にかかる消費税100万円も減税になるので、合わせて900万円のプラスということになるのです。買値と売値の差額である2000万円は損金として損える(税務上は損失)ので、節税効果もありました。
 これが不動産の数字のマジックであり「損して得とれ」が成功した不動産売買の妙味です。バブル後札幌の景気は東京に引っ張られるように推移してきました。その傾向が物件売買を判断する好材料となったわけです。